こんにちは。
友だちと楽しくお茶しているのに、みんなのことをジロジロ見て、心の中で批判的になってしまう。
私って性格悪いなぁと思うことありませんか?
あの子、あんなこと言って、イヤミだわ。
あの人は彼氏の話ばっかりで自慢してるよね。
話題を独り占めしてるあの人、気遣いというものを知らないのかしら。
気づけば、そこにいる人全員のダメなところをあげつらっていて、
そんな人たちと一緒にいるのは、つまらない、気分が悪い、早くここから離れたい。
そんなふうに思うこともあるかもしれません。
そんなことが何度もあると、
誰かと一緒にいると、またあんなふうに嫌な気分になるのは嫌だから、誰かからまたお茶に誘われても、「ごめんね、その日は用事があって…。」などと、用事はないけどウソを言ってお断りしてしまうかもしれません。
私は性格が悪いから、みんなとは仲良くなれない・・・なんて思うこともあるかもしれませんけれど、
人のことを良く思えないのは、性格が悪いからではないかもしれません。
好きだと思っているはずの友だちなのに、なぜか悪いところに目が行ってしまうとき、私たちの心の中では「比較・競争」が起きていることがあります。
たとえば友だちのAちゃんが、カフェでお茶をしながらこんな話をしてくれたとします。
「実は最近彼氏ができたの!」
それを聞いたあなたは、「それは良かったね!!!」とAちゃんを祝福してあげるかもしれません。
ところが、実はあなたはここ何年も、彼氏がほしいけどいない、という状況だったとします。
すると、良い悪いを一切考えずに事実だけを比較すれば、
Aちゃんには彼氏がいる vs あなたには彼氏がいない
となります。
ところが、もしあなたが、「彼氏のいる人は良くて、彼氏のいない人はダメだ。」と思っていたとします。
すると、
彼氏がいるAちゃんはいい vs 彼氏がいないあなたはダメ(マイナス1点)
というように、自分のほうが負けている、と感じてしまうことがあるのです。本当は勝ち負けなんて、ないんですけどね。
人は誰しも、負けていることを喜ぶことはあまりありません。
すると、そんなときに誰もが無自覚にやってしまうのが、
相手の粗探しをすることだったりします。
たとえば「Aちゃんは、洋服のセンスがいまいちよね。」とか。
「私には彼氏がいなくて、マイナス1点」
「Aちゃんは洋服のセンスがいまいちで、マイナス1点」
結果的にお互いマイナス1点ずつで、同点にしてしまおうと無意識にしたりすることがあるのです。
同点だと勝ち負けがないので、少しだけ安心するかもしれません。
①自分が負けていると思う
②相手も負けているところを見つける
③二人とも同点
のように心は動いているのかもしれません。
つまり、ひとの欠点が気になるときに、実はそもそもダメだなと思っている対象は、自分自身なのかもしれません。
だからこそ、あなたの性格が悪いのではなくて、あなたが自分のことを、あまり良いものと思えていないのが原因と考えることもできるのです。
それでは、他人の欠点が気にならないようにするにはどうすればいいのかというと、何が起きても自分は良いもの・素晴らしいものである、というように、自分を肯定してあげる力をつけることなのかもしれません。上の例で言えば、彼氏は欲しいけど、彼氏がいない自分もOKというように。
えー、でも彼氏がいないより、いたほうがいい、と思うかもしれません。
もちろん、いたほうがいい(欲しい)と思うことに問題はないのです。問題は、いないのはダメと思うことなのです。
私たちには観念といって、「こうあるべき」「こうに違いない」という人それぞれの思いがあります。
実際には彼氏の有無で人の価値は決まらないし、彼氏がいてもいなくても、人は幸せになれるものかもしれません。ところが彼氏がいることが良いことであり、いないのは良くないという観念を持っていると、彼氏のいない自分は良くないことになってしまいますよね。
私たちは、自分の観念が、世の中のルール、人としての不動の価値観のように思っていることがあります。だからこそ、その観念にもとづいて自分のことを言い悪いと判断することがとても多いようです。
自分を良くないと思うことがあったとしたら、その裏にどんな観念をあなたが持っているのか、ちょっと考えてみてもいいかもしれません。
観念が見つかったら、その観念はこれからも必要なの?と自分に聞いてみてもいいかもしれません。
色んな理由により、私たちは様々な観念を持つようになります。
その観念は自分を幸せにしてくれるのか、これからも持ち続けたい観念なのかを考えて、ときには不要な観念を手放すことにしてもいいかもしれませんね。