たぶん一人の人ではなくて、複数の人と話したときに多いのではないかと思うのですが、
後になってから、あんなことを言ってしまった。。と後悔することがありませんか?
あんなことを言って、誰かに笑われたんじゃないだろうか。
あんなことを言ったけど、本心は違ったんだ。でも今さら訂正できない。
うわっ、なんであんなことを言ってしまったんだろう。など。
「あんなこと」が正しいことでも間違ったことでも関係なく、
やっちまった!という後悔が押し寄せてくることがあるかもしれません。
そして、なんであんなことを言ってしまったんだ・・・と
何度も何度も後悔するかもしれません。
そういうことを経験すると、
もうあんなふうに後悔したり自分を責めたりするのは苦しくてイヤなので、
二度と自分の考えを人前で話すものかと思う人もいるかもしれません。
あんなことを言ったからバカにされたんじゃないか、と思うときというのは、
本当に顔から血の気が引く思いだし、
自分を責めても責めても責めたりない気分だし、
頭を抱えたくなるものですよね。
でもそういうとき、あなたが戦っているのは、具体的な誰かではなくて、
ぼんやりとした「誰か」ではないでしょうか。
実際に誰があなたをバカにするんだろう、と考えときに、具体的な名前があがりますか?
お化け屋敷が怖いのは、何が出てくるのかわからないから。
あなたを責める相手が明確になっていなくてぼんやりとしているほど、
どう思われているんだろう、何て言われるんだろう、という怖れを感じるのです。
だから、自分の発言について誰かにネガティブな反応をされるのではと思ってしまうときは、
いったい誰が、あなたを悪く言う(思う)のか
具体的に想像してみるといいかもしれません。
するとわかるんです。
あれ、意外と私を悪く言いそうな人は少ないな、と。
世の中は実は誰かのことを笑う人ばかりではないのです。
あなたの発言を気にする人さえあまりいなかったり、
たいていの人はスル―しているということなんです。
世の中の人たちは、たいしてそんなに何も考えていない、かもしれない。
だからあなたは気にする必要はないのです。
空想の中は、悪意に満ちた世界かもしれません。
だからこそ、具体的に誰が笑う?誰が私を責める?と考えてみたらいいかもしれません。
ほんの一握りの人に思い当たる節があったとして、
あなたは何も傷つくことはないのです。
誰がなんと言おうと、あなたの存在価値は傷つきはしないのですから。