いつも「どう思われるか」ばかり気にしていると、自分に「どうしたいか」を聞いたらいいのだと気づけずに、考え込んで答えが出ないことがあるかもしれません。
***
かつてよく顔を合わせる間柄だったのに、もうずいぶん連絡していない。
今ごろどうしているだろう。
元気なんだろうか。
あなたにも、そんな人がいませんか?
「気になるならば、連絡してみれば?」
そう言われて、「そうですね」とすぐに行動に移せる人ばかりではないですよね。
今さら何?と思われるんじゃないか。
これまで音信不通にしていたことを、どう言い訳すればいいんだろうか。
本当は何度も思い出していたのです。
「どうしているだろう」
「でも今さら連絡できないよな」
そんな思いを繰り返してきたということは、その人が私にとって「どうでもいい人」ではないということです。
むしろ、大切な人だったのです。
*
今年のゴールデンウィークに、私が20代の頃にお世話になった元上司の方に会ってきました。
もう10年以上音信不通にしてしまっていました。
元上司が大きな事故に遭われたあと、一度はお見舞いのお誘いをいただきながら、私は行くことができませんでした。
当時は自分のことで精一杯だったのです。
それ以来、「今ごろどうしているだろう」と思い出すたびに、会いたい気持ちと、今さら会う資格はないという思いの間で揺れていました。
そんなある日、当時のマネージャーや同僚とのグループLINEで、「久しぶりに○○さんに会いに行きませんか」と呼びかけてくださった方がいました。
私は千載一遇のチャンスがやってきたような気がして、「ご一緒させてください」と返信しました。
でも、その後が苦しかったのです。
会いに行く当日まで、本当に私が行ってもいいんだろうか、今さらなんだという顔をされないだろうか。そんなことを考え続けていました。
*
その日がやってきました。
当時その元上司にお世話になった同僚や先輩などなど総勢10名でのお食事会となり、賑やかな時間となりました。
もう歩けないとまで言われた元上司の方は、80歳を超えても持ち前の向上心と努力で、ゆっくりゆっくり、人の手を借りながら歩けるようになっていました。
楽しくおしゃべりをした会もそろそろお開きという頃、目の前の席にいらしたその元上司の方が、私の方を見て、しみじみと仰ったのです。
「みんな、今日は本当にありがとうね。」
「本当に、ありがとう。」
それは、私個人に対してではなく、温かな気持ちで、その元上司を囲みたいと思って集まった全員に対しての言葉でした。そして元上司の方が「喜んでくださった」ということが、私たちの喜びだと、感じた瞬間でした。
*
私は、これまでずっと、「今さらどう思われるだろうか」と、私の評価ばかりを気にしていました。
でも、大切な人にご無沙汰しているときに大事なのは、「私がどう思われるか」ではなくて、「私はどうしたいのか」だったのだと、ようやく気づいたのでした。
本当は、お会いしたかった。
お身体の調子はいかがですかと、直接お聞きしたかった。
それができたとき、私は私の中に、自分で自分に「良かったね」と言ってあげられるような、温かな感覚を感じていました。
今回は、「一緒に行きませんか」というお誘いに乗っただけではありますが、「きっと私が顔を出しても喜ばれない」という怖れをこえて、大切な人を大切にすることが、こんなに良い気分なんだと、感じることができたのです。
私たちは、人との関係において「相手がどう思うか」を気にしすぎるあまり、自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあります。
特に、頑張ることで認められてきた人ほど、「嫌われたらどうしよう」「迷惑だと思われたらどうしよう」という不安を抱えやすいものです。
でも、その不安の向こう側には、「本当は会いたい」「大切にしたい」という素直な気持ちが隠れていることもあります。
もしあなたにも、気にかかっている方がいらっしゃるとしたら。
「どう思われるだろうか」ではなく、
「私はどうしたいのだろう」
と、自分の心に問いかけてみてください。
その答えの先に、大切な人とのつながりが待っているかもしれません。


